赤城山、榛名山と共に上毛三山の1つとして数えられる標高:1104mの妙義山。
急勾配の斜面や尖った姿が特徴の山であり、日本三大奇勝の1つとしても知られています。
また昨年2023年は、妙義山が国の名勝に指定されてちょうど100周年。それを記念して山の周辺では花火大会などのイベントも開催されました。
さて、以前このコーナーでもお話しましたが、上毛かるたは戦後の県民の方々から札に詠む題材を公募し、その中から数多く寄せられたモノを採用しました。
そして当然、上毛三山は多くの県民から読札の案が寄せられ、かるたへと採用された訳ですが、実はそれ以外にも妙義に関する自然現象が2案寄せられていたことが分かっています。
上毛かるたの生みの親である浦野匡彦さんの娘:西片恭子さんが書いた本『上毛かるたのこころ』の中に、当時公募で寄せられた題材の一覧表が掲載されているのですが、その中に『妙義山の磯部蜃気楼』と書かれているのです。
残念ながら数が少なかったので札には採用されなかったのですが、皆さんは『磯部蜃気楼』という現象をご存じでしょうか?
そもそも蜃気楼とは、空気中の光の屈折によって遠くの景色が実際とは異なって見える現象であり、国内では富山県魚津市の海岸から見える蜃気楼などが有名です。
これと同じ様に安中市にある磯部温泉付近から妙義山を眺めると、時々山が二重に見えることがあり、大正から昭和にかけて多い時は年に35回見られたという記録も残っているのです。
またこの蜃気楼は古代から確認されていたと考えられています。
妙義山から東に10kmほどの所にある『天神原遺跡』は今から4000年くらい前に作られた縄文時代の遺跡なのですが、ここには妙義山の方向に向かって石が規則的に並べられている跡がはっきりと残っています。
研究者の間では、何かしらの儀式や祭祀などに使われていたと考えられています。
ただでさえ異様な形をしている妙義山ですが、時折出現する蜃気楼もあって、この付近で生活していた縄文時代の人々にとっては神秘的な山として崇められていたのです。
そしてこの蜃気楼、現在では見られなくなったという訳ではなく、今でも妙義が重なって見えたと証言している方がいらっしゃいます。
ただ、私自身も妙義山からほど近い安中市の出身なのですが、正直まだ一度も見たことがありません・・・
おそらく様々な条件が揃わないと出現せず、また光が関連している現象なので写真に収めるのは難しいのかもしれませんが、ご興味ある方は是非妙義山へ行ってその目で確かめてきてください!
2024年12月10日
M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』
KING OF JMK代表理事 渡邉 俊