2022年8月30日放送 - な:中仙道しのぶ安中杉並木


 

江戸時代初期に整備された五街道の1つである中仙道。

東海道と並び江戸と京都を結ぶこの街道は、当時多くの人々が往来する重要な交通経路でした。
そしてその宿場町だった安中宿と松井田宿の間には当時700本以上の杉が植えられていたのですが、これが札に詠われている『安中杉並木』。

 

今となっては排気ガスなどの影響で十数本を残すのみとなっていますが、国の天然記念物に指定されており、また地元の方々の懸命な保護活動が今でも行われています。

 

 

私は安中市の出身で、実家に帰るとこの杉並木付近をよくクルマで通るのですが、これを見ると昔参加したあるイベントを思い出します。

そのイベントとは、『安政遠足』。通称:サムライマラソン。

 

2019年に佐藤健さん主演で映画化もされましたので皆さんご存知と思いますが、参加した事ありますでしょうか?

 

 

 

 時は1855年の幕末。この2年前にペリーが浦賀へ来航したことを初めとして外国船が頻繁に日本沿岸へ出没し始めます。

 

その為幕府では国防への関心を持つようになるのですが、それまでの日本は争いごともほとんど起こらない平和な世の中だった為、堕落していた武士階級の人達を何とかして覚醒させなければならないという機運が高まっていました。

 

 

そこで当時、安中藩の藩主を務めていた板倉勝明(いたくらかつあきら)が、50歳以下の自分の家臣96名の心身を鍛える為、安中城の門から西へ中仙道を進み、碓氷峠の頂上にある熊野神社までの約30キロを競争させたのです。これが『安政遠足』の始まりです。

 

 

何より面白いのは、今から170年も前の話にも関わらず、当時どのようにして遠足を行ったのかが古文書の中に細かく残っていること。

 

・明け六(あけむっつ:現在の午前6時頃)の太鼓の合図とともに出発すること

・事前に碓氷峠の関所や熊野神社には伝えておくので、関所の通過時刻や神社への到着時刻を指定の紙に書いてもらうこと

・どんなに大雨であろうが風が吹いていようが必ず出かけること

  

 

と、藩主からの命令の詳細はもちろん、参加した家臣達の到着時刻や着順も残っているのです。

更にゴールの熊野神社に到着した者には餅や切り干し大根、きゅうり、お茶、お神酒などが振舞われたという事まできちんと記載されています。

 

 

このように競争の実施方法や着順、タイムが残っている最古のマラソンということで、安中は『日本マラソン発祥の地』とされています。

 

そして今でも、この安政遠足は5月上旬に開催されており、今年は800人以上のランナーが参加しました。マラソンに自身のある方、エントリーは毎年2月くらいから始まりますので、是非来年参加して安中を盛り上げて下さい!

 

 

2022年8月30日

M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』

 

 

KING OF JMK代表理事 渡邉 俊