日本が終戦を迎えた1945年。
当時は復興に向けて電力の需要が急増していたのですが、主力のエネルギー源であった石炭の生産が大きく落ち込み、また戦争によって火力発電所が壊滅状態に陥っていたことから、全国的に深刻な電力不足となっていました。
そこで当時、政府は戦前の経済水準にいち早く戻す為、石炭産業の復興を進めると共に水力発電にも力を入れます。
そして群馬の豊富な水資源を利用して、多くのダムが県内に建設されて行きました。
この『り』の札には、当時の群馬の水力発電が日本の復興を加速させる電源となるという誇りが込められています。
またもちろん県内には、戦前に建設されたダムもたくさんあります。
そしてその中でも、歴史的にかなり価値の高い評価を受けているのが片品村にある『丸沼ダム』。
皆さんは、この丸沼ダムの価値をご存じでしょうか?
丸沼ダムは1928年に建設された、構造的に大変珍しい『バットレスダム』。
現在日本国内にあるダムのほとんどは『重力式コンクリートダム』というものであり、これはダム自体の重さによって水圧に耐えるよう、大量のコンクリートを使っている構造を指します。2020年に運用を開始した八ッ場ダムもこの構造です。
一方バットレスダムとは、鉄筋コンクリート製の遮水板(しゃすいばん)とその遮水板を支える擁壁(ようへき)からなる構造であり、これによって使用するコンクリートの量を大きく削減することが可能です。
実は大正から昭和初期にかけて重力式コンクリートダムが次々に建設されて行ったのですが、当時はセメントがかなり高価であり、そのコストをなるべく節約する為に注目されたのがバットレスダムでした。
そのため当時は国内に8基のバットレスダムが建設されたのですが、完成後に鉄筋コンクリートのメンテナンスコストが高くて長期的にはコストパフォーマンスが悪いこと、更には地震に弱い構造であることから、その後はパッタリと建設されなくなったのです。
ただそのうち6基が現存しており、丸沼ダムは建設されてもうすぐ100年経とうしていますが、今も現役で稼働しています。
またこれまでに何度か修繕はされているものの、建設当時の姿からほとんど変わっていないことから2003年に国指定の重要文化財となったのです。
このようにダムが重要文化財となった例は国内に3例しかなく、その中でも丸沼ダムは発電用のダムが重要文化財となった国内唯一の事例なのです。
この丸沼ダムですが、片品村から日光へと向かう国道120号線沿いにあります。確かに他のダムとは違った独特の格子状の壁が見えますので、ご興味ある方は是非行ってみて下さい。
2025年1月21日
M-wave Evening Express 84.5MHz『上毛かるたはカタル』
KING OF JMK代表理事 渡邉 俊